10 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 12

風いろ

明日 お天気やったら嬉しいなぁ 

タイヤ交換 

11月26日(土)

覚書

リヤタイヤの溝がまだまだ残っていたので リヤと同じくして BT023
BT021は 三角に減ってしまったけど
BT023は そこまで三角には減らなかった


フロントタイヤ交換  26900km 

関連記事

Posted on 2011/11/30 Wed. 20:53 [edit]

category: バイク

thread: タイヤ  -  janre: 車・バイク

TB: 0    CM: --





30

鈴鹿峠 -  永源寺そば 

11月26日(土)


開通したという鈴鹿スカイラインに。

80号から 名阪国道 R1 R306
ちょこっと横道
637号 - 11号 
いい道かと思えば 途中 やっても~たかぁ的な道になったり
そしてR306に戻り
いよいよ R477 鈴鹿スカイラインに。

遅い車に阻まれ ゆっくりモード  
page1_20111130165533.jpg
御在所岳に登るハイキングの人たちの車が 路肩においてあったり。
新しく舗装してあるところが 崩落箇所。
page2_20111130165540.jpg
県境近くの駐車場で。
去年は トンネルを徒歩で歩いてこの駐車場辺りまで来たっけ。
page3_20111130165547.jpg
頂上付近は もう落葉している。
page4_20111130165604.jpg
もみじが奇麗な所で写真を撮り 
 
9号 青土ダムで休憩。
page5_20111130165613.jpg
その後 これからの行き先を相談。
お腹も減ったので 気になっていた「永源寺そば」を食べに行く事に。

9号を 戻り R477 
page6_20111130165624.jpg
途中 去年気になっていた場所にて。
page7_20111130165636.jpg
R421

「永源寺蕎麦」
毎回 ここを通る度 車がいっぱい 外に待ってる人もいたりで 気になっていた。
 
今日も駐車場は車がいっぱい。
期待に胸を膨らませて。
永源寺蕎麦と炊き込みご飯を注文
page8_20111130165655.jpg
うーーーーーん。。。。。
普通の袋蕎麦と大差ないような?
ざるだと 美味しいのかなぁ


この後 頼んでいたタイヤが入ったと連絡をもらい あやまを通り 名阪国道を走り タイヤ交換に。
関連記事

Posted on 2011/11/30 Wed. 20:45 [edit]

category: 近畿

thread: 日記  -  janre: 日記

TB: 0    CM: 34





30

源光庵 

11月22日(火)


画像 289
源光庵
正式には鷹峰山寶樹林源光庵という。
画像 292

page1_20111124195536.jpg
座敷から見る紅葉は まるで額の中の絵のよう
page3_20111124195546.jpg
「悟りの窓」の円は「禅と円通」を表現しており
「迷いの窓」の四角い形は「生老病死四苦八苦」を表現している
page2_20111124195553.jpg

page4_20111124195600.jpg

page5_20111124195607.jpg
源光庵から上賀茂神社に抜け 少し歩く。
賀茂川
page12.jpg
関連記事

Posted on 2011/11/24 Thu. 21:12 [edit]

category: 日々

thread: 日記  -  janre: 日記

TB: 0    CM: --





24

常照寺 

11月22日(火)
常照寺は、日乾上人に帰依した吉野太夫ゆかりの寺として知られ、
太夫の墓や太夫が寄進した「吉野の赤門」と呼ばれる山門、
吉野窓(茶室)、吉野桜も有名。

赤い山門は「吉野門」とも呼ばれているが、名妓2代目吉野太夫の寄進。
page1_20111124205736.jpg
幼少のころに禿(かむろ、遊女の世話をする少女)として林家に抱えられ、
禿名は林弥(りんや)といった。
14歳で太夫になる。
和歌、連歌、俳諧に優れていて、琴、琵琶、笙が巧みであり、
さらに書道、茶道、香道、華道、貝覆い、囲碁、双六を極めたという。
page2_20111124205743.jpg

また太夫18人の絢爛豪華な衣装を纏う集いの中、
寝床から寝乱れ姿で出てきた姿にもかかわらず
圧倒的な存在感を放ったといわれるほどの美貌を備えていた。
page3_20111124205757.jpg

才色兼備を称えられ国内のみならず、
遠くは明国にまで「東に林羅山、西の徳子よし野」と
聞こえていると言わしめるほど名を知れ渡らせ、
馴染み客には後陽成天皇の皇子で近衛信尹の養子である関白近衛信尋や、豪商で、
当時の文化人の一人である灰屋紹益がいた。
page4_20111124205804.jpg
寛永8年(1631年)退廓・紹益と結婚。時に26歳。
寛永20年(1643年10月7日)に死去、38歳であった。
page7_20111124205829.jpg

紹益は愛着のあまり、妻の骨灰を飲み干し、
「都をば 花なき里となしにけり 吉野を死出の山にうつして」という詩を吟じた
page5_20111124205811.jpg

吉野の墓は日ごろ帰依していた鷹ヶ峰・常照寺にあり
毎年四月に吉野を偲んで花供養が行われます
page6_20111124210528.jpg

お天気の良さにつられてぶらっとバイクで京都に。
平日だというのに 市内にはいる手前から車が多い。
お寺のある鷹峰山方面は この辺りは タクシーで乗りつける人が多く
それでも 結構な人がきていた。

帰りは帰りで やはり車の多さに辟易
秋の京都は 奇麗だが 移動は大変。 
関連記事

Posted on 2011/11/24 Thu. 21:10 [edit]

category: 日々

thread: 日記  -  janre: 日記

TB: 0    CM: --





24

光悦寺 

11月22日(火)


page7_20111124193820.jpg
江戸時代の芸術家である本阿弥光悦に元和元年(1615年)に徳川家康がこの地を与えた。
この地に光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住み芸術の集落となった。
光悦の死後に屋敷は寺となり、境内には光悦の墓碑がある。

page3_20111124191624.jpg
5月の新緑の頃などは 人が少なく静かなこの場所も
平日だというのに 今日は大賑わい
page2_20111124191629.jpg
まだまだ緑が多いところ 
今が盛りの所 いろいろ
page5_20111124192244.jpg

画像 367
竹を斜めに組んだ垣根は光悦垣
竹の垣根は光悦垣またはその姿から臥牛(ねうし)垣と呼ばれ徐々に高さの変る独特のものである。
画像 372

page4_20111124191609.jpg

page11.jpg

画像 387

page10_20111201202621.jpg

関連記事

Posted on 2011/11/24 Thu. 19:40 [edit]

category: 日々

thread: 日記  -  janre: 日記

TB: 0    CM: --





24